「自分の意見で、デザイナーの思考を止めたくない」— そう言った施主がいた
打ち合わせで、施主からこう言われたことがあります。
「自分の意見で、デザイナーの思考を止めたくないんです」
自分の家です。自分の金です。それなのに、デザイナーに遠慮する。
なぜこの人は、こんなことを言えたのか。私はこの一言に、「おしゃれなリノベーション」とは何かの答えが入っていると思っています。
この記事は、大阪・神戸で25年、リノベーションをデザインしてきた者が、その答えを書いたものです。おしゃれの定義、素材・光・色・ディテールの作り方、飽きない家の条件、会社の選び方の順で進みます。
おしゃれとは、装飾ではなく選択のこと
脳科学に「美の三つ組」という言葉があります。人が何かを美しいと感じる時、脳は3つの系統を同時に動かしている。見ている(感覚)、良いと感じる(情動)、これは何かを知る(意味)。2025年の神経美学の総説がそう整理しています。
三つ目の「意味」は、見た人が「なぜこれがここにあるのか」を読めることです。読めるから「いい選択をしているね」と言える。読めなければ、目は止まっても、言葉にならない。
空間デザイナーの世界で「おしゃれ」は、チャレンジ、知性、努力が見える空間のことを指します。言い換えると「かっこいいデザインを描いているね」「クリエイティブだね」「いい選択をしているね」に近い。それは他人が見て言う言葉で、自分で言う言葉ではない。
だから「おしゃれにしたい」と言う施主はほとんどいません。代わりに聞くのは「使いやすくしたい」「掃除しやすく」「飽きないように」。そして冒頭の「思考を止めたくない」。この人たちは、おしゃれを買いに来ているのではなく、自分の選択を信じてくれる相手を探しに来ています。
既製品ではなく、素材で語る
見切りや巾木。既製品ならアルミです。これをSUSHL t=5のフラットバーに変える。誰も気づかないかもしれない。でも住んでいる人は、毎日そこを見ます。毎日目に入るものが、その人の「良い」の基準になる。だから、気づかれない場所ほど手を入れます。
神戸・東灘では、角300Rのシカル曲げSUS天板を、階段で6人がかりで半日かけて運びました。搬入できる最大寸法ぎりぎりのL3200。既製品なら10分で終わる仕事です。
東灘のキッチンは、この天板の下にラピスラズリの面材を合わせています。

行動経済学に、人は自分が労力をかけて完成させたものに、専門家の作品と同じ価値を感じるという研究があります。しかも完成しなかった場合、その愛着は消える。
これは施主の話ではなく、作り手の話です。6人で半日かけた天板に、デザイナーは愛着を持つ。試作を重ねた階段に、鉄骨屋は愛着を持つ。だから私たちは、自分が愛着を持てないものは作りません。既製品を選んで10分で終わる仕事には、その回路が動かないからです。愛着のある人が作ったものは、住む人にも伝わります。
見切りの納まりは、下の写真の通り、素材の異なる壁の境にt5のSUSが一本通っているだけです。

取っ手も同じです。既製品なら量産品のレバーハンドルで済みます。堺の「素材の家」では、この空間のためだけに一からデザインしたアイアン製の造作取手を作りました。既製品にはない、この家だけの手触りです。

ただ、素材だけでは足りません。毎日そこを見るといっても、人は暗闇では何も見えない。
光を、作業ではなく暮らしのために
日本の家庭は、天井の真ん中に蛍光灯を一つ付け、部屋を均一に白く照らす文化になりました。欧米の家庭は今も白熱球と間接照明で、必要な場所だけを照らします。
その蛍光灯は、2027年末で世界から消えます。水銀を含むため、水俣条約で147カ国が製造禁止に合意しました。日本の住宅照明は、条約によって強制的に次の段階へ移ります。
LEDに替えるだけでは、明るさの文化は変わりません。変えるのは光の置き方と温度です。壁から光を取る。多灯にする。色温度は、昼光色の5000Kではなく、白熱球に近い2700K前後まで下げる。アートのような照明を一つ飾る。天井中央の一灯という発想から離れるだけで、部屋は作業場から暮らしの場に戻ります。
毎晩目に入る光は、毎晩の気分を決めます。それが何年も繰り返される。照明は、家の中で最も重要で、最も長く効く投資です。
北摂の寝室では、光源を見せずFLOS Parentesiで壁だけを照らしました。

廊下では、ツインカーボの面から光を透過させ、器具そのものを見せていません。

色を足さず、一箇所だけ足す
1984年、アメリカの病院で46人の手術後の患者を調べた研究があります。窓から木が見える部屋の患者は、レンガ壁が見える部屋の患者より、入院日数が短く、鎮痛剤の使用量が少なかった。
窓から見える緑が美しいなら、室内の色は主張させない。外の色を借りるので、中に色を足す必要がない。箕面の「橋本亭」では、古い木が長い時間をかけて持った色をそのまま活かし、彩度の高い塗装や建材を足さずに、庭の緑を主役にしました。

ここで一つ、面白い研究があります。2026年1月、VRで壁の色を変えて60人を測定した実験では、緑の壁の部屋で作業効率が最も下がった。塗った緑は、窓の緑とは別物です。借りる緑は回復させ、塗る緑は鈍らせる。だから「借景」なのです。
同じ実験で、赤い壁は不安と苛立ちを最も強く引き起こしました。彩度の高い色は、一つ入れるだけで施主は不安になる。その不安は正しい。まだ理解できていないものを見ているからです。
だが、一箇所なら理解できる。全面を赤にすれば混乱ですが、一面のタイルなら、住むうちに読めるようになる。そのギャップがチャレンジで、その家を印象付けます。想像の少し外に、一箇所だけ置く。
八尾では、施主の要望が「馬鹿でかいキッチンとテーブルだけ、あとは好きに」だったので、5mの造作キッチンにサーモンピンクのタイルを合わせ、グリーンの収納ベッドを入れました。

完成後、「頼んでよかった。自分の想像を超えた空間に住む幸せを感じた」と言われました。想像を超えた、と本人が言っている。これが、想像の少し外に置いた色の効き方です。
もう一つ。青い壁と黄色い壁の部屋では、気分が良いほど作業効率が下がった。リラックスしすぎると集中が落ちる。住まいは職場ではありません。家では、効率が下がる色こそが正解です。
後から直せないところに、手間をかける
インロー式の棚、間接照明。壁を閉じれば二度と入れられない。こういう納まりは施主から頼まれるものではなく、デザインの段階で「ここに必要だ」と判断するものです。
東住吉の「BlackLine Maisonette」では、片持ち階段を支える壁が押入れの一面しかなく、上段は開口部で下地が入りませんでした。下段を片持ち、上段をトラスに切り替え、t18mmまで薄くするために鉄骨屋と試作を繰り返しました。マンションでは両方とも単独で設置が難しく、戸建てでは組み合わせる必要がない。だから他に例がない。

施主は「マンションでこんな階段が付けられるとは思わなかった」と言いました。
上段のトラスは6φの丸鋼で組んでいます。下から見上げると、階段の裏に光が通る。

天井の高さについても、研究があります。天井3mの部屋では抽象的・創造的な思考が、2.4mでは具体的・集中的な思考が促される。高い天井は「自由」を、低い天井は「拘束」を、無意識に呼び起こす。吹き抜けは「気持ちいい」のではなく、思考の型を変えているのです。
単純な家は飽き、複雑な家は育つ
ここまで読んで、一つ疑問が残っているはずです。「飽きないように」と言った施主に、想像の外にある色や納まりを勧めて、本当に飽きないのか。
答えは、逆です。飽きるのは単純な方です。
繰り返し目にしたときに好みが伸びるのは複雑なもので、単純なものは数回で頭打ちになり、そこから下がる。単純接触効果の研究208本をまとめた分析が、その傾向を示しています。人は美しいものに慣れる、とよく言われますが、正確には単純な美に慣れる。複雑な美には、慣れるのではなく育つ。
ただし、複雑ならいいわけではない。理解できなければ、新しくても興味は生まれない。複雑さと秩序を同時に上げることが、デザイナーが経験で身につけるものです。奇抜と複雑は違う。
天王寺の「天王寺時々NewYork」で作った階段は、その一例です。真鍮のひし形を幾何学的に並べ、t4.5スチール曲げと丸鋼の手すりを組み合わせました。情報量は多いのに、秩序があるから騒がしくならない。奇抜ではなく、複雑さに秩序を与えた形です。

だから私たちのデザインは、住まい手の想像の少し外に置きます。住んだ初日は、少し落ち着かないかもしれない。だが毎日目にするうちに理解が追いつき、その家が好きになる。単純な家は、初日が一番よく、そこから下がる。複雑な家は、初日が一番低く、そこから上がる。私たちが作りたいのは、後者です。
この主張の根拠——人は出来事ではなく毎日の反復で変わること、空間がその反復を作ること、単純な美と複雑な美の違い——は、別の記事に研究をまとめてあります。
人は出来事ではなく毎日で変わる|住まいが人をつくる科学的根拠

Quiet Luxury、品があるが少し薄汚れている
国土交通省のデータがあります。壊された住宅の平均築年数は、日本32.1年、アメリカ66.6年、イギリス80.6年。日本の家は、欧米の半分の寿命で壊される。
そして、流通する住宅のうち中古が占める割合は、日本14.5%、アメリカ81.0%、イギリス85.9%。
つまり日本でリノベーションを選ぶことは、「壊して建て直す」文化に逆らう選択です。
私たちが目指すのは、新品の高級ではありません。品があるけれど、少し薄汚れている。既存のアセットを活かしながら、そこに高品質な素材、質の高いプロダクトを繋いでいく。時間を含んだ高級です。古いものと新しいもの、粗いものと精密なものが同じ部屋にある。それは複雑さです。その複雑さに秩序を与えるのが、素材の選び方と納まりです。
和泉の「錆の家」は、錆びた鉄をそのまま仕上げに使いました。住むほどに錆が進み、完成した日が一番きれいではない。初日が一番低く、そこから上がる家です。

そういう家は、自分でおしゃれとは言いません。言わなくても伝わるからです。
要するに、5つ
ここまでを5つにまとめます。それぞれに根拠を添えます。
1. おしゃれとは、装飾ではなく選択のこと。 美の三つ組の三つ目は「意味」。見た人が「なぜこれか」を読めるから、「いい選択をしているね」と言える。読めないものは、目は止まっても言葉にならない。
2. 毎日目に入る場所に、手をかける。 単純接触効果。毎日目にするものが「良い」の基準になる。玄関を開けた瞬間の景色、ソファから見える壁、毎晩の光、毎日触る天板。一日に何十回も目や手が通る場所が、その人の美意識を作る。
3. 一箇所だけ、想像の少し外に置く。 見慣れない環境は人を動かすが、理解できなければ混乱になる。全面は混乱、一箇所は理解できる。
4. 単純な家は飽き、複雑な家は育つ。 208本のメタ分析。繰り返し見て好みが伸びるのは複雑なもの、単純なものは頭打ちになって下がる。
5. 種は施主が持ち、形はデザイナーが引き出す。 人は想像できる自分にしかなれない。好みの頂点は経験を積むほど複雑な側へ動く。施主の頂点の少し右を知っているのが、経験を積んだデザイナー。
この5つを貫く根拠が一つあります。人は出来事ではなく、毎日の反復で変わる。だから、毎日の場所である家に、これをやる意味がある。
結局、何をすればいいか
「で、何をすれば」と思った方へ。4つだけです。
1. 窓から緑が見えるなら、中に色を足さない。 緑を借りる。壁は白かグレー。
2. 天井中央の一灯をやめる。 壁を照らす。多灯にする。色温度を下げる。一つだけ、見て楽しい照明を置く。
3. 既製品で済む場所を、一つだけ造作にする。 全部でなくていい。見切り、棚、取っ手。毎日目に入る一箇所。
4. 色は一つだけ、勇気を出す。 サーモンピンクでも朱赤でもいい。不安になる色を、一箇所に。その不安は、想像の外にいる印です。
この4つを、自分で決める。デザイナーに「好きにして」と言うのではなく、この4つについては自分の意見を持つ。それが「いい選択をしている」の始まりです。
大阪でリノベーション会社を選ぶなら、デザイナーで選ぶ
図面やパースを描く人は、自分が感じたことのあるもの以外を表現できません。経験、チャレンジ、体験が、ディテールや色彩にそのまま出る。複雑さと秩序を同時に上げられるかどうかは、その人が何を見て、何を作ってきたかで決まる。同じ会社でも、担当が変われば別の家になります。
施工事例を読む時、デザイナー本人が書いているかは文章で分かります。素材名、製品名、なぜそうしたかが書かれているか。多くの会社では、施工事例の文章をデザイナーが書きません。書いている会社は、それだけで判断材料になります。
ここで、冒頭の施主に戻ります。
あの人は、遠慮していたのではありませんでした。今書いた4つを自分で決めた上で、「あとは好きに」と言った。自分の欲求は種で、その種から自分がまだ見たことのない形を引き出すのがデザイナーの仕事だと、分かっていたのです。
種は施主が持ち、形はデザイナーが引き出す。あれは遠慮ではなく、役割の宣言でした。
最後に一つ。北欧は、家に美を入れることを1899年に決め、120年かけて国の政策にしました。日本にその政策はありません。だが、家一軒の下限を上げることはできる。そこで暮らす人と、その子どもが見る世界の基準が変わる。リノベーション会社を選ぶというのは、その一軒を誰に任せるか、という話です。
北欧のセンスは気候から生えたのではない|家に美を入れると決めた社会の120年

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参考文献
- Ulrich, R.S. (1984). View through a window may influence recovery from surgery. Science, 224, 420-421.
- Meyers-Levy, J. & Zhu, R. (2007). The influence of ceiling height. Journal of Consumer Research, 34, 174-186.
- Norton, M.I., Mochon, D. & Ariely, D. (2012). The IKEA effect: When labor leads to love. Journal of Consumer Psychology, 22, 453-460.
- Li, T. et al. (2026). Effects of workspace wall colors on productivity and emotion via immersive VR and physiological data. Scientific Reports, 16, 5502.
- Bornstein, R.F. (1989). Exposure and affect: Overview and meta-analysis of research, 1968–1987. Psychological Bulletin, 106(2), 265-289.
- 国土交通省「我が国の住宅ストックをめぐる状況について」(滅失住宅の平均築後年数、既存住宅流通シェアの国際比較)
- 環境省「一般照明用の蛍光ランプの規制について」(水俣条約COP5、2023年11月)
- Frontiers in Human Neuroscience (2025). Beauty in the shadow of neurodegenerative disease: aesthetic triad.
- 人が毎日で変わること、空間が反復を作ること、複雑な美が育つことの根拠は、上記のブログ記事2本の参考文献を参照。

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